2013年05月21日
批判のない世界の住人になるために
親しい人となにか問題が発生したり、不快に思うことがあると、黙ってその人から離れる。
そういう人は多いかもしれません。
私もそうしてき経験があります。
でも最近すごく感じるんですよねぇ。
誰かと距離を置くのはすごく簡単だけれど、そうするまでの間にできることの全てをしただろうか、と。
ちょっと嫌なことがあれば はい、サヨナラ。
不快に感じれば はい、サヨナラ。
思っていたのと違うから はい、サヨナラ。
そんな風に自分を相手に対して閉ざす前に、不快感を乗り越えできることはやってみる。
それでダメなら少し時間を置き、多少の変化を待つ。
サヨナラはいつだってできるから。
そう思うようになったので、かなり不快を覚えた相手に乗り越えるべく対処の仕方をこれまでと変えてみました。
まずはサラリと そういうの嫌なんだよね〜 と伝えてみたものの、こちらの不快はわかってもらえず。
会話のもっていき方がまずかったかなぁ。
サラリと伝えるべきか、ちょっと強く伝えるべきか、どれが相手に最も伝わるか、まだよくわからない・・・・・
良いことは伝えやすいけれど、そうでないことは難しいですね。
そういえば学校でも家庭でも、なにかネガティブなことを相手にどうやって伝えるかなんて、教わったこともないし。
怒る、罰する、暴力に出る、無視する、荒れ狂う、訴える、暴露するなどの過剰な反応での伝え方は多々見てきましたが、お互い穏やかになってというのは、そんな事例そのものを間近に見たことないような。。。。
大好きなハリウッド系の海外ドラマや映画を見ているとこんなセリフがよく出てきます。
「OK. Let’s talk」
(納得できないなら)話をしよう みたいなニュアンスの場面で、決まってLet’s talk。
しっかり相手に伝えたいときはLet’s talk で座って会話が始まったりします。
上下関係にうるさい日本では 一緒に話をしよう より 俺の言うことが聞けないのか になりやすいのかもしれませんね。
双方穏やかに気持ちを伝え合い、悪いところを受け入れつつも良いところは学びながら永く縁を紡いでいきたい。
そのきっかけとなるこのLet’s talkに代わるニュアンスの表現か、話のもっていき方ができないか、目下模索中でございます。
そんな難題に向かいつつも、
何回も言ったのになんでわからないの
そんなことしたら大抵の人は怒るでしょ
などど相手を批判したい気持ちが時に頭をもたげます。
でも批判とはきっぱりサヨナラし、批判のない世界の住人になりたいなと本気で思うようになりました。
それを実践し、より平穏な心と生活を得る。
そのためにも難題にチャレンジでーす
今日も最後までお読みいただき、ありがとうございます♪
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この記事へのコメント
嫌な関係になる前に引いてしまう・・・。
わかります〜。ほとんどがそういうことになっています。
Ok レッツトーク。
なるほどそうですよね。話し合わないといけないですよね。ハンセイです〜。
嫌な関係になる前に引いてしまうのは簡単なんですよねぇ。
つい簡単な方に流れがちですが、その前に一度壁を超えて、修復できるように努力してみたいです。
諦める前にできることをやろうと、最近考え方が変わってきました。